はじめに
行列計算(主にベクトル計算を想定)は、工学においては様々な場面で多用されている。
単独で式を処理するより、行列の一定のルールに基づいた計算方法でまとめて処理をした方が、計算の煩雑さをかなり回避できるためである。道具として便利。
行列がわかれば道具として当然利用しやすくなる(応用も効きやすい)。まずはストレスなく使うために、行列の基礎知識から。
行列(matrix)とは
行列とその見方
行とは横筋(raw)の数字の並び、列とは縦筋(column)の数字の並び。
行と列を組み合わせた数字の群を行列(matrix)と呼ぶ。
mxnの行列とは、m行の横筋の並び、n列の縦筋の並びで構成される。
\(
A _{mn} = \left ( \begin{array}{c|c|ccc}
\color{red}{a_{11}} & \color{red}{a_{12}} & \ldots & \color{red}{a_{1n} }& \large{1行} \\
\hline
\color{red}{a_{21}} & a_{22} & \ldots & a_{2n}& \large{2行} \\
\hline
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots & \\
\color{red}{a_{m1}} & a_{m2} & \ldots & a_{mn}& \\
\large{1列}&\large{2列}&&&
\end{array} \right ) \\
\)
行列は横一行を単位とした行ベクトル、もしくは縦一列を単位とした列ベクトルでみる。
\(
\left ( \begin{array}{c:cccc}
a_{11} & a_{12} & \ldots & a_{1n} & \large {行ベクトル} \\
\hdashline
a_{21} & a_{22} & \ldots & a_{2n} & \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots & \\
a_{m1} & a_{m2} & \ldots & a_{mn}& \\
\large{列ベクトル}&&&&
\end{array} \right ) \\
\)
ちなみに、
m次元空間のベクトル成分表示 \( \left ( a_{1}~a_{2}~\ldots~a_{m} \right ) \)、もしくは \( \left ( \begin{array}{c}
a_{1}\\
a_{2} \\
\vdots\\
a_{m}
\end{array} \right ) \) は、
1xm行列 \( \left ( a_{1}~a_{2}~\ldots~a_{m} \right ) \) 、もしくはm x 1行列 \( \left ( \begin{array}{c}
a_{1}\\
a_{2} \\
\vdots\\
a_{m}
\end{array} \right )
\) と意味は同じ。
行列はベクトルの組合せ。
正方行列
行数と列数が等しい場合(m=n)は正方行列と呼ばれる。
単位行列
単位行列とは、正方行列において、行番号と列番号が等しい成分のみが1(右下がりの対角成分のみが1),その他全ての成分が0の行列を、単位行列と呼ぶ(Eで表す)。
\(
E = \left ( \begin{array}{cccc}
1 & 0 & \ldots & 0 \\
0 & 1 & \ldots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \ldots & 1 \\
\end{array} \right ) \\
\)
単位行列は直行行列(後述)である。
単位行列 A に対し、
- A・E = E・A = A ・・・①
この行列内の行ベクトル/列ベクトルは全て 長さ”1”かつ互いに直行である事(正規直行基底)から、単位行列は、
- n次元の座標軸の方向ベクトルを、行と列にもつ行列
と捉える事もできる。
逆行列
逆行列とは、
正方行列 A に対して、
- A・A-1 = A-1・A = E
となる A-1 が一意に決まる時、A は正則行列であるといい、 A-1 を A の逆行列という。
- A・A-1 = A-1・A = E ・・・②
逆行列の性質としては、
ちなみに、逆行列には”行列式”というものがが付いて回る。A の行列式は、 |A| もしくは det A で表す
行列式、逆行列の中身の理解については、余因子 a とその余因子行列 A の理解が必要
(ただ、余因子がわかれば、あとは楽)
ちなみに、余因子行列は A・A = (det A) E の性質を持つように定義される事から、逆行列の定義 A-1・A = E も使って展開すれば、
\( A^{-1} = \displaystyle\frac{1}{det~A} \cdot\tilde{A} \) である。
つまり、A が逆行列をもつ条件は、行列式 det A ≠0である事が条件となる
転置行列
行列の行と列のベクトルを入れ替えた行列を、転置行列と呼ぶ。
つまり、行番号を(i)列番号(j)としてA の行列成分を aij とした時、この i , j を入れ替えた aji とした行列(行と列の入替え)を A の転置行列と呼び、Atr 表す。
\(
A = \left ( \begin{array}{cccc}
\color{red}{a_0} & \color{red}{ a_1} & \ldots & \color{red}{a_n} \\
b_0 & b_1 & \ldots & b_n \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
m_0 & m_1 & \ldots & m_n \\
\end{array} \right ) \) -> \( A^{tr} = \left ( \begin{array}{cccc}
\color{red}{a_0 }& b_0 & \ldots & m_0 \\
\color{red}{a_1} & b_1 & \ldots &m_1 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
\color{red}{a_n} & b_n & \ldots & m_n \\
\end{array} \right ) \)
転置行列の定義(成分の入れ替えだけ)からも明らかではあるが、以下の性質をもつ
正規直行行列
正規直行行列とは、正方行列A (n x n 行列)の転置行列 Atr が
A・ Atr = Atr ・A = E
の性質を持つとき、Aを直行行列とよぶ
直行行列は、以下の性質を満たす。同値のため一つをみたせば直行行列(一つ確認できればよい)
単位行列以外にも、回転行列(別記)が該当する。
正規直行基底については
使い方の例(逆行列、転置行列)
逆行列の使い方(例)
行列の演算にわり算はない。ただ、逆行列 A-1 を使った演算が、それに近い使い方となる。
例えばあるベクトルx が行列 A の変換により y になったとする。
x と y の関係式は
y = Ax
逆に y から x を求めるには、逆行列 A-1 を両辺の左から掛け、⑥式を適用する。
(四則演算のわり算で逆数をかけるのに近い)
つまり、
A-1 y = A-1 ・A x = x
よって
x = A-1 y
(方程式の解を求める時にも、よく見るかと)
ただ行列の積の性格(A・B≠B・A)上、逆行列を掛ける”順序”は、左右両辺同じ方向から掛けなければならない。
力学で使うのはほとんどの場合 3×3 行列までであるが、この行列の逆行列の成分計算は少し複雑になるため、計算間違い防止の意味も含め、ほとんどの場合ソフトに計算させる場合が多い。
ただ手計算が必要であっても、座標軸変換等での行列は正規直行行列での行列利用になるため、まじめに計算せずに、次章の転置行列から逆行列を求める場合が多い。
-> 逆行列&行列式のこれ以上の詳細は別記事(予定)で。。
転置行列の使い方(例)
転置行列が道具として使いやすいのは、特にその行列が正規直行行列の場合。
逆行列計算が簡単になる。行列をひっくり返すだけ(ベクトル回転させる時によく使う)。
正規直行行列の⑧の性質を使っている。
- 直行行列Aは、転置行列と逆行列が等しい
: A-1 = Atr ・・・⑧
一つの直行行列の場合には、大したメリットは感じないが、複数の正規直行行列を変換するような場合(行列の積)に有用なのである。
正規直行行列同士の積は正規直行行列である事(⑪式)も使って、その複雑な成分計算結果を、ただひっくり返すだけで逆行列にする事ができる。
楽である。
例えば、あるベクトルx が
θ(rad)回転
-> 続いてφ(rad)回転
した場合の回転行列、Rφ・Rθで考えてみる。
(Rθ Rφは共に正規直行行列、よってRφ・Rθ も 正規直行行列)
二つの回転後のベクトルを y とすると、
x を y に変換するには、
y = Rφ Rθx ・・・⑬
となるが、逆に y から x を求めるとなると、Rφ、Rθ の必要になる。
が、まじめに計算する必要はない。
Rφ ・Rθ の成分計算後であれば、必要となる逆行列に転置行列を代入して
x = (RφRθ)-1 y より
= ( RφRθ )tr y ・・・⑭
<- 計算したRφRθ の成分の行と列をひっくり返すだけ
Rφ、Rθ を個別に処理するのであれば、
(Rφ)-1 、 (Rθ )-1 の逆行列を順にかけ
x = (Rθ )-1 (Rφ)-1 y より
= (Rθ )tr (Rφ)tr y ・・・⑮
<- RφRθ 個別に行と列をひっくり返して、その後成分計算
当たり前ではあるが、(⑦式より)⑭式と⑮式は等しい。
複数の行列の積を手計算で求めた後に、その逆行列成分を求める。。。となると気が遠くなるが、正規直行行列であれば心配無用。
転置行列が逆行列となる
(行と列をひっくり返せばよいだけ)。
追記
さて、続いてはこの行列自体の和、差、積について(割り算はないが、逆行列による積が似た感じの使い方になる)。