前回の記事は詭弁術の導入と論点のすり替え方法
今回からは、「一見論理的に見えるが、実は誤っている推論(詭弁)」へと
まずは、論理的推論方法の基本となる演繹法と帰納法の概要を確認し、その誤用としてどのように詭弁が生じるかを整理する。
主な論理的推論法:演繹と帰納について
演繹法
演繹法の概要
演繹法とは、前提が真であり、かつ推論形式が妥当である場合に限り、結論も必ず真となる推論法である(「真理の保存」)。
-> 前提(真と仮定された命題)から、論理的に含意される結論を導き出す推論法。
演繹法は命題論理や述語論理などの形式に基づく推論であり、三段論法はその代表的な一形式。
その特徴は、「すべての前提が真であり、かつ推論形式が妥当であれば、結論は必ず真となる」ことである。
また、演繹は「正しさを保証する道具」ではなく、「前提の内容をそのまま展開する装置」として機能する事から、推論形式が正しくても、前提が誤っていれば結論の信頼性は保証されない
演繹法の基本単位(三段論法)
<三段論法 基本単位 例>
論法:
- <前提1>全てのAはBである
- <前提2>全てのCはAである
→ <結論1> よって、全てのCはBである
例:
- <前提1>すべての犬は動物である
- <前提2>すべての子犬は犬である
→ <結論1> よって、すべての子犬は動物である
この例は、三段論法の中でも最も基本的な格と型を組み合わせた論法である。
(格と型の組み合わせは多数存在(256通り)するが、そのすべてが妥当な推論になるわけではなく、古典論理では限られたパターン(24通り)のみが正しいとされる。)
三段論法についての覚書はこちら(ちょっと詳しい版)
三段論法の組み合わせによる演繹法
さて、”新たな結論”を導くために、上の<結論1>を次の三段論法の<前提2>につかい、新たに三段論法を組めば
- <前提1>すべて動物は呼吸をする ← 新規前提条件
- <前提2>すべての子犬は動物である ←上の三段論法の”結論1”
→ <結論> よって、すべての子犬は呼吸をする ← 新たな形の結論
となり、前提に含まれている関係を形式的に展開することで、新たな形で表現された結論を得ることができる
(この「新たな結論」は見かけ上新しく見えるが、実際は前提に含まれている情報の論理的帰結)
前提と推論形式が正しければ、結論が論理的に破綻することはない。
が、、、この「論理的に正しいはずだ」という思い込みの隙に、詭弁は入り込む。
(まぁ、複数の論理の組合されれば話が複雑になっていくので、頭がついていかなくなるっていうのもある。。)
つまり、演繹法は前提の設定に強く依存するため、前提の選び方や定義の操作によっては、形式的に正しく見えるが実質的に誤った結論(詭弁)が導かれることがある。
帰納法
帰納法の概要
観察された複数の事実(事例)から、それらに共通する性質を見出し、一般化された仮説(必ずしも普遍とは限らない)を構築する推論法
(ただしその結論は必ずしも普遍的真理とは限らない)。
帰納法による結論は仮説として導かれるが、その妥当性は観察の質、サンプルの偏り、変数選択、統計的検証などに依存し、十分な検証と反証を経てもなお支持され続ける場合に限り、暫定的に高い信頼性を持つ知識として扱われる。
つまり、その結論は論理的に必然ではなく、あくまで確率的・暫定的なものであり、帰納の核心は「数」ではなく、「パターンの安定性と代表性」である。
帰納法ではすべての前提が”真”であっても、仮説となる結論が”真”であるとは限らない。(あくまでも”仮説”を作る推論方法)
(前提に含まれていない情報(新たな一般化)が結論で含まれる場合がある)
また観察に基づき「これまでのすべてのAはBであった」と言える場合でも、それは将来にわたって常に成り立つことを保証するものではない。
したがって帰納的推論は、「この結論(仮説)は暫定的なものであり、反例が見つかれば修正または棄却されうる」という性質をもつ。
<帰納法による仮説立案例>
人が酔っ払う理由について、
<仮説1>
- <前提1>ビールにはアルコールが含まれている
- <前提2>ウイスキーにはアルコールが含まれている。
→ <仮説(結論)> よって、(おそらく)アルコールは人を酔わせる ( ←観察と整合的で説明力が高い仮説 )
<仮説2>
- <前提1>ビールには水が含まれている
- <前提2>ウイスキーには水が含まれている。
→ <仮説(結論)> よって、(おそらく)水は人を酔わせる ( ←説明力が低く、代替仮説として不適切な仮説 )
→ 同じ前提からでも、着目する要素によって正しい仮説にも誤った仮説にもなり得る
帰納法自体は、推論として人の思考の中で普段からよく使われている(例:これこれがこうだから、xxならこんな事がおきる”はず”)。
ただ、帰納法による結論は仮説であり、その確からしさは観察や検証によって徐々に評価される(真偽が即座に確定するわけではない)。
帰納によって得られた仮説は、その後の観察や検証によって支持の度合いが高められる。
一般には、
- 帰納(仮説形成)→ 演繹(予測導出)→ 検証(反証・支持)
の循環として用いられる。
また、帰納的推論は、一連の観察結果から広範な一般化や原理を導き出す様々な推論方法を指す事から、以下の推論法が帰納的推論法として扱われる。
帰納的推論法
枚挙的帰納法(狭義の帰納法):
複数の事実から一般的な仮説を導く推論法
論法:
- <前提1> A1はZを満たす。
- <前提2> A2もZを満たす。
→ <結論(仮説)> したがって、(おそらく)すべてのAはZを満たす。
枚挙的帰納法とは、複数の観測事実に共通するパターンを見出し、それを一般化して仮説を構築する推論。
ただし、その結論は論理的に必然ではなく、あくまで確率的・暫定的なものである。
例:
上の例:<仮説1&2>人が酔っぱらう理由の仮説
枚挙的帰納法イメージ:「生成」
複数の点(観測事実)をプロットし、それらをできるだけ自然につなぐ一本の線(一般法則)を新たに引くイメージ。
まだ線は仮置きであり、今後新しい点が追加されれば、引き直される可能性がある。
→ 線を引く(生成):まだ線がないから作る
逆行推論法(アブダクション) :
関連する証拠に対して、説明力・整合性・単純性などの基準で最も適切と評価される仮説を選択する推論法
論法:
- <前提1> Aは真である。
- <前提2> Zが真であると仮定すれば、Aはうまく説明できる。
→ <結論(仮説)> Zは(おそらく)真である。
逆行推論法とは、観測された事実を最もよく説明する仮説を選択する推論。
ここでの「最もよく」とは、主に以下の基準によって評価される。
- 説明力(explanatory power):観測事実をどれだけ自然に説明できるか
- 整合性(consistency):他の既知の知識と矛盾しないか
- 単純性(simplicity):不必要な仮定が少ないか(オッカムの剃刀)
- 予測力(predictive power):新しい事実も説明・予測できるか
つまり、「もっともらしさ」ではなく、「制約条件の中での最適解」を選ぶ推論である。
例:
- <前提1> 朝起きたら、地面が濡れている
- <前提2> 雨が降ったとすれば、地面が濡れていることはうまく説明できる
→ <結論(仮説)> おそらく雨が降った
→ 観察事実を最もよく説明する仮説(説明力・整合性・単純性などの観点で優れる仮説)を選択するため、実際には「誰かが水を撒いた」「水道管が破裂した」など別の可能性もある
悪い例
- <前提1> この会社は成功した
- <前提2> あの会社も似ている
→ <結論(仮説)> おそらくこの会社は成功するはず
→ 「似ている」の中身が曖昧、成功要因と無関係な類似
類推は「何が似ているか」ではなく、「その類似が結論に関係しているか」で決まる。
逆行推論法イメージ:「選択」
すでに候補として存在している複数の線(仮説)の中から、観測された点群に最もよくフィットする一本を選び出すイメージ。
新しい線を作るのではなく、「どの線が一番うまく説明しているか」を評価して選択する。
→ 線を選ぶ(選択):線はあるから、比較して選ぶ
類推法:
特定の事物に基づく仮説を、それらの間の類似性に基づいて他の特定の事物に適用する推論法
論法:
- <前提1> AはZを満たす。
- <前提2> BはAに対して、Zに関連すると考えられる重要な性質において類似している。
→ <結論(仮説)> (おそらく)BはZを満たす。
類推法とは、ある対象Aで成立した性質Zが、Aと重要な点で類似する対象Bにも当てはまると推測する推論。
このときの類似性は、Zに因果的・構造的に関係する性質に基づいていなければならない。
例:
- <前提1> このメーカーのスマートフォンは品質が高い
- <前提2> 同じメーカーから次世代の新モデルが発売されたが、設計思想やコンセプトが似ている
→ <結論(仮説)> おそらく新モデルも品質が高い
※「似ている」という点に依存するため、内部構造やコスト削減などによる品質低下要素があれば、結論は外れる可能性がある
類推法イメージ:「転用」
ある領域で点群によく合っていた線(仮説)を、別の似た配置の点群に対しても当てはめてみるイメージ。
ただし「似ている」という前提に依存するため、見かけが似ていても本質が異なれば外れる可能性がある。
→ 線を使い回す(転用):過去の線があるから、別の場所に使う
帰納法追記
整理すれば、枚挙的帰納は「パターンを見出して仮説を作る」、逆行推論は「複数の仮説の中から最も適切なものを選ぶ」、類推は「その仮説を別の対象に適用する」推論である。
(つまり枚挙的帰納は「生成」、逆行推論は「選択」、類推は「転用」である)
(導かれるのは仮説なので当然だが)ほとんどの場合、帰納法による結論(仮説)には、”おそらく”、”たぶん”をつけてても違和感はない。
ちなみに、数学で数学的帰納法をつかった証明があるが、これは個々の自然数を確認する方法ではなく、「最初の一つが成り立つこと」と「nで成り立てばn+1でも成り立つこと」を示すことで、すべての自然数に対して命題が成立することを論理的に保証する方法である。
どれも日常的に使われる有用な推論だが不確実性を含むため、根拠を過信すると誤りや詭弁につながる。
特に、不十分な根拠や不適切な推論形式にもかかわらず、言い換えや前提の操作によってあたかも妥当であるかのように見せかけて結論を導く場合、それは、本来は成立していない推論をあたかも妥当であるかのように見せかける詭弁となる
現実の詭弁は「明らかにおかしくない」例として現れる。
例えば以下
- <前提1> A社の社員は優秀
- <前提2> B社の社員も優秀
- <前提3> どちらも高学歴
→ <結論(仮説)>高学歴が優秀さの原因である
(この推論は、相関関係を因果関係と誤認しており不適切であり詭弁)
さて、このように演繹と帰納は性質が大きく異なる。
この違いも、詭弁が生まれる温床になるが、結論が仮説にとどまる帰納法はいったん脇に置き、まずは「演繹」において定義の操作により詭弁となるパターンを説明。演繹的詭弁は「前提のすり替え」と「言語操作」によるものが多いが、「推論形式の誤り」もある。
まずは基本の命題(主張)の型の整理から、次の記事にて覚書化。
