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「公正世界仮説」:人はなぜ「努力は報われる」と信じたがるのか、公正世界仮説への欲求

人の心理

概要

公正世界仮説(Just World Hypothesis/1966年:Melvin Lerner)とは、

人間は、この世界が「努力した人は報われ、悪いことをした人は罰せられる」という、公正で秩序だった場所であると信じたいという根本的な欲求を持つ

とする理論。

Lernerによれば、人はこの「世界は公正である」という信念が脅かされる状況に直面すると、その信念を回復・維持する方向に認知を調整しようとする。その過程で、「ずるをしている」「不当に得をしている(ように見える)」人物に対して不快感や道徳的非難、場合によっては怒りといった感情が生じることがある。そして、その人物が不幸な結末を迎えると、人はそれを「正義が回復された」「世界はやはり公正だった」と解釈し、心理的な安心感や納得感を得るとされる。

これはいわば勧善懲悪的な世界観であり、調子に乗った悪者が最後には敗者となるストーリーが、現在でも映画・アニメ・小説などのフィクション、さらにはノンフィクション的語りにおいても高い支持を集める理由の一つと考えられる。

心理の逆行

ちなみにこの公正世界への欲求が逆方向に強く働くと、不運な出来事に遭った人に対して「そんな目に遭うのは、本人に何か落ち度があったからだ」との心理を生む。例えば

  • 貧困:「努力不足だったのだろう」
  • 病気:「不健康な生活をしていたに違いない」
  • 災害被害:「自己防衛が足りなかったのでは?」「備えが甘かったのではないか」

といった形で、被害者の側に原因を帰属させる被害者非難(バッシング)が生じることがある。

これらは、不条理な出来事を

「自業自得」という因果関係に再解釈することで、「世界はランダムではない」「自分は正しく行動しているから大丈夫だ」という信念を守ろうとする認知的防衛

と捉えることができる。

つまり被害者非難は、被害者を攻撃したい欲求そのものというよりも、公正世界信念を維持するための心理的操作として理解される。

この現象は、LernerとSimmons(1966)の実験研究によって広く知られるようになり、現在でも不祥事や事件、社会問題が起きた際に見られる過剰な「自己責任論」の心理的背景として、頻繁に引用されている。

成功者の神格化という表裏の現象

公正世界仮説は、被害者非難だけでなく、成功者の過剰な称揚(神格化)とも結びつく。すなわち、

成功している人は「特別な才能」「高い徳」「人格的優秀さ」を備えているから成功したのだ

と過度に評価する傾向である。これは、

「成功=正しい結果」「良い結果が出たのだから、その人は正しい」

という因果関係を信じたい欲求に基づくものであり、公正世界仮説の肯定的側面が極端化した形とも言える。

公正世界仮説の両義性

このように、公正世界仮説は

  • 努力の継続
  • 将来への希望
  • 行動のモチベーション維持

といったポジティブな機能を持つ一方で、

  • 弱者叩きの正当化
  • 被害者非難
  • 成功者の神格化

といった社会的・認知的な歪みを生み出す可能性も内包している。

心理的背景の解釈:心の平安の維持

公正世界信念は、理不尽さや偶然性を低減し、世界を理解可能で秩序あるものとして認識するための心理的装置として機能すると考えられている。

コントロール感の維持

「正しい行動をすれば、いずれ報われる」と信じることは、長期的な努力の継続や未来への期待を可能にし、人生に対するコントロール感(予測可能性)を保つ役割を果たす。

恐怖の回避

一方で、「善良な人でも、理由なく突然不幸に陥る」という現実を真正面から受け入れることは、「次は自分かもしれない」という強い不安を伴う。そのため人は、不幸には必ず原因があると信じることで、ランダムで残酷な世界像から目をそらそうとする傾向を持つと考えられる。

まとめ

公正世界仮説とは、人間が「世界は公正であってほしい」と願い、その信念を守るために、成功や不幸を道徳的・因果的に再解釈する心理傾向を説明する理論。

それは努力を支える力にもなり得る一方で、被害者非難や自己責任論、成功者の神格化といった形で、現実理解を歪める要因にもなり得る。

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