PR

般若心経(般若波羅蜜多心経)について調べてみた

その他

おまじないからの脱却

法要等で「般若心経」を唱える機会が結構あったが、子供のころからずーとお経の横に書いてあるルビを、なにかのおまじないかの様に(皆に合わせて)それっぽく唱えていた。
(「色即是空」とか出てくると、お、ここが出典かぁ、ぐらいの興味)

意味ぐらいは、一回調べておこうと。

現代語訳がわかれば、意味も分かるかな?と思っていたが、ますますなんだ?となったのでもう少し調べた。

般若心経をざっくりと

「般若波羅蜜多(ぱんにゃはらみた)」:究極の智慧:智慧(般若)による悟りの彼岸(波羅蜜多)への到達(論)

「般若波羅蜜多心経」は、

  • 観音菩薩がひとの「五蘊」の本質がすべてが「空」であると見極めすべての苦厄から解放された、

を導入部として教えがはじまる。

これに「五蘊」のすべてが「空」である事のからくり、さらにこの「空」である事を見極める「悟り」にまで至れば、あらゆる「教えの概念」や「囚われ」すらも「空」となることを説き(手放される=「苦」からの解脱)、最後に「悟り成就」のためのお守り「真言(マントラ)」で締めている。

原文と現代語訳(+用語解説)

原文現代語訳
1. 観自在菩薩 「かん じざい ぼさつ」 
2. 行深般若波羅蜜多時 「ぎょうじん はんにゃはらみったじ」
3. 照見五蘊皆空 「しょうけん ごうん かいくう」
4. 度一切苦厄 「ど いっさい くやく」
1. 観自在菩薩(観音菩薩)が、
2.「般若波羅蜜多」(智慧の完成)を深く行じていた時に、
3.「五蘊」*1はすべて「空」であると見極め、
4. すべての苦厄を越えた(解放された)。
5. 舎利子 「しゃりし」
6. 色不異空 「しきふ いくう」
7. 空不異色 「くうふ いしき」
8. 色即是空 「しきそく ぜくう」
9. 空即是色 「くうそく ぜしき」
10. 受想行識亦復如是 「じゅそう ぎょうしき やくぶ にょぜ」
11. 是諸法空相 「ぜ しょほう くうそう」
12. 不生不滅 「ふしょう ふめつ」
13. 不垢不浄 「ふく ふじょう」
14. 不増不減 「ふぞう ふげん」
15. 是故空中 「ぜこ くうちゅう」
16. 無色 「むしき」
17. 無受想行識 「むじゅそう ぎょうしき」
18. 無眼耳鼻舌身意 「むげん にびぜっしんに」
19. 無色声香味触法 「むしき しょうこうみ そくほう」
20. 無眼界 「むげんかい」
21. 乃至無意識界 「ないし むいしきかい」
5. 舎利子*2 よ、
6. 「色」は、「空」に異ならない。
7. 「空」は、「色」に異ならない。
8. 「色」は、すなわち「空」であり、
9. 「空」は、すなわち「色」である。
10. (五蘊*1の)「色」以外の「受想行識」もまた同じ「空」である。
11. あらゆる存在(諸法)は「空」というあり方であり、
12. 生じることもなく、また消滅することもなく、
13. 汚れもなく、清らかでもなく、
14. 増えるのでもなく、減るのでもない。
15. それゆえに「空」には、
16. (五蘊*1の)「色」もなく、
17. 「受想行識」もなく、
18. 「眼耳鼻舌身意=六根*3」もなく、
19. 「色声香味触法=六塵*3」もない。
20. 「眼界」もなく、
21. (十八界のその間の項目を省いて)「意識界」もない *3-1。
22. 無無明 「む むみょう」
23. 亦無無明尽 「やく むむ みょうじん」
24. 乃至無老死 「ない し むろうし」
25. 亦無老死尽 「やく む ろうし じん」
26. 無苦集滅道 「む くじゅうめつどう」
22. 「十二因縁*4」の根本原因である無明もない。
23. また、無明の尽きることもない。
24. (十二因縁のその間の項目を省いて) 老死もなく、
25. また、老死が尽きることもなく、
26.「苦・集・滅・道」(「四諦」)*5 もない。
27. 無智亦無得 「む ち やく む とく」
28. 以無所得故 「いむ しょとくこ」
29. 菩提薩埵 「ぼだいさつた」
30. 依般若波羅蜜多故 「えはんにゃはらみったこ」
31. 心無罣礙 「しんむ けいげ」
32. 無罣礙故 「むけい げこ」
33. 無有恐怖 「むう くふ」
34. 遠離一切顛倒 夢想 「おんりいっさい てんどう むそう」
35. 究竟涅槃 「くきょう ねはん」
27. 智(知ること)もなく、(何かを)得ることもない。
28. 得るところがないが故に、
29. 「菩薩」*6 (修行する人)は、
30. 「般若波羅蜜多」に依っていることから、
31. 心にさまたげ「罣礙」*7 がない。
32. さまたげ「罣礙」が無いが故に、
33. 恐れがない。
34. あらゆる顛倒(逆さまの見方)と夢想(妄想)から遠く離れ、
35. ついには涅槃に至る。
36. 三世諸仏 「さんぜ しょぶつ」
37.依般若波羅蜜多故「えはんにゃはらみったこ」
38. 得阿耨多羅 三藐三菩提 「とく あのくたら さんみゃく さんぼだい」
36. 「三世」(過去、現在、未来)のすべての仏は、
37. 「般若波羅蜜多」に依ることから、
38. 「阿耨多羅三藐三菩提」(この上ない正しく完全な悟り)を得た。
39. 故知般若波羅蜜多 「こち はんにゃはらみった」
40. 是大神呪 「ぜだい じんしゅ」
41. 是大明呪 「ぜだい みょうしゅ」
42. 是無上呪 「ぜむ じょうしゅ」
43. 是無等等呪 「ぜむ とうどうしゅ」
44. 能除一切苦 「のうじょ いっさいく」
45. 真実不虚 「しんじつ ふこ」
39. 故に知るべし、「般若波羅蜜多」は、
40. これは偉大で霊験あらたかな真言であって、
41. これは偉大にして智慧ある真言であり、
42. これは、無上の真言で、
43. 比類のない(並ぶもののない)真言であり、
44. あらゆる苦を取り除くことができ、
45. 真実であり偽り(虚)がない。
46. 故説般若波羅蜜多呪 「こせつ はんにゃはらみったしゅ」
47. 即説呪曰 「そくせつ しゅわつ」
48. 羯諦 羯諦 「ぎゃてい ぎゃてい」
49. 波羅羯諦 波羅僧羯諦 「はらぎゃてい はらそうぎゃてい」
50. 菩提薩婆訶「ぼじそわか」
51. 般若心経 「はんにゃしんぎょう」
46. 故に、「般若波羅蜜多」の真言を説く。
47. すなわち、呪(真言)を説いて曰く 、
48. 往きし者よ、往きし者よ(呼びかけ)*8、
49. 波羅(悟りの彼岸)へ往きし者よ、一緒に往きし者よ、
50. 悟り(菩提)よ、成就あれ!
51. 般若心経。

*1:五蘊 (ごうん)
:五蘊 (ごうん)とは、仏教における「人間という存在を構成する5つの要素」:「色・受・想・行・識」

  • 「色」は物質的な世界すべて【肉体・物質】
  • 「受」は外界から受ける印象【感受】
  • 「想」は概念の形成【表象・イメージ】
  • 「行」は意志の働き【意志・形成】
  • 「識」は対象を統合して認識する心の根本的な働き【認識・判断】

*2:舎利子:智慧第一と言われた仏弟子シャーリプトラ(漢訳では舎利弗しゃりほつ)

*3:六根(ろっこん)、 六塵(ろくじん)、 六識(ろくしき)
仏教では、人が何かを認識するとき、六根、六塵、六識(計18個の要素=十八界)が働くと考える。

  • 六根(ろっこん:目・耳・鼻・舌・身・意)
    :六根とは、ひとが受け止める五感(目・耳・鼻・舌・身)に、仏教特有の「心(意)」を加えた6つで構成される。
    • 眼根(がんこん):視覚を司る器官
    • 耳根(じこん):聴覚を司る器官
    • 鼻根(びこん):嗅覚を司る器官
    • 舌根(ぜっこん):味覚を司る器官
    • 身根(しんこん):触覚や身体感覚を司る器官
    • 意根(いこん):思考や記憶、概念を受け取る精神の器官
  • 六塵(ろくじん:色・声・香・味・触・法)
    :六塵とは、六根が受け止める対象(目→色・耳→声・鼻→香・舌→味・身→触・意→法)の6つで構成される。
    • 色塵(しきじん):目に見える形・色(視覚の対象となる物質や姿かたち)
    • 声塵(しょうじん):音・音楽・言葉(聴覚の対象となるすべての音声)
    • 香塵(こうじん):匂い・香り(嗅覚の対象となる芳香や悪臭)
    • 味塵(みじん):味覚(舌の対象となる甘味・辛味などの味わい)
    • 触塵(そくじん):触感・温度・痛み(身体や皮膚が感じる感触や温度)
    • 法塵(ほうじん):思考、記憶、概念(心がキャッチする目に見えない精神的対象)
  • 六識(認識)
    :六識とは、六塵から六根が受け止めた対象に対する認識(6つ)から構成される。
    • 眼識(げんしき):見る認識(目と視覚の対象が出会うことで生じる「見ている」という感覚・意識)
    • 耳識(じしき):聞く認識(耳と音声の対象が出会うことで生じる「聞いている」という感覚・意識)
    • 鼻識(びしき):嗅ぐ認識(鼻と匂いの対象が出会うことで生じる「嗅いでいる」という感覚・意識)
    • 舌識(ぜっしき):味わう認識(舌と味覚の対象が出会うことで生じる「味わっている」という感覚・意識)
    • 身識(しんしき):触れる認識(身体・皮膚と触感の対象が出会うことで生じる「触れている」という感覚・意識)
    • 意識(いしき):考える認識(心と思考・概念の対象が出会うことで生じる「考えている」「思い出している」という精神の働き)
六根六塵六識
眼根(眼界)色塵(色界)眼識(眼識界)
耳根(耳界)声塵(声界)耳識(耳識界)
鼻根(鼻界)香塵(香界)鼻識(鼻識界)
舌根(舌界)味塵(味界)舌識(舌識界)
身根(身界)触塵(触界)身識(身識界)
意根(意界)法塵(法界)意識(意識界)

*3-1:20-21行目において、この表の左上(眼界)から右下(意識界)の範囲を示す。(「すべての認知、認識」がふくまれている)。

*4 :十二因縁(じゅうにいんねん)
:仏教の根本教理である「縁起」の仕組みを、人間の生命や苦しみがどのようにして生まれ、回り続けているのかという「12の因果の連鎖」として解き明かしたもの。因果関係が、過去・現在・未来の3つの時にまたがって12段階でつながっていると考える。
【根本原因】は無明から始まる。

  • 無明(むみょう):迷いの根本。真理のない「無知・心の闇」
  • 行(ぎょう):無明の中での行い(根源的意思)。物事がそのようになる力=業。無意識的、潜在的な形成力、志向作用
  • 識(しき):行にはじまる識「認識の主体(心)」(根本意識、 識別作用)。好き嫌い、選別、区別
  • 名色(みょうしき):識にはじまる名色(名称と形体化)。物質現象(肉体)・精神現象(心)、実際の形・その名前
  • 六入(ろくにゅう):名色による六入。心身が成長に伴い、外界を感知する「六根」がそろう
  • 触(そく):六入による触(接触)。六根が外界の対象「六塵」に触れる
  • 受(じゅ):触による受(感受)。六根が六塵に触れたときに生じる「快・不快・どちらでもない」という感受
  • 愛(あい):受による愛(愛欲)。感受による「快を求め、不快を避けたい」という「渇愛(執着・欲求)」
  • 取(しゅ):愛による取(執着)。その対象への「執着・囚われ」
  • 有(う):取による有(存在要素)。その執着によりうまれる業(カルマ)「存在の勢い」。
  • 生(しょう):有による生(生存・実体化)。生命・概念問わず「存在の勢い」による実世界への誕生
  • 老死(ろうし):生による老死(老いと死)。生まれたが故の老化、死、そしてあらゆる「憂い・悲しみ・苦悩(苦)」

*5 : 四諦(したい):四つの「苦の真理」

  • 苦諦(くたい)
    :迷いの生存は「苦」であるという真理。生・老・病・死の四苦、さらに愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦を加えた八苦で説明される。
  • 集諦(じったい)
    :苦には原因があるという真理。原因は渇愛(欲望・執着)や煩悩とされる。「集」は「原因が集まり起こる」の意。
  • 滅諦(めったい)
    :苦の原因(渇愛・煩悩)を滅すれば、苦が滅した境地(涅槃)に至るという真理。
  • 道諦(どうたい)
    :苦を滅する境地に至る実践の道があるという真理。具体的には八正道(正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)
    • 八正道(はっしょうどう):仏教の基礎となる教え(人生の苦しみから抜け出すための処方箋)
      八つの「具体的な行動指針」
      • 正見(しょうけん)物事をありのまま、正しく見ること。
      • 正思(しょうし)正しい考えを持ち、むさぼりや怒りを捨てること。
      • 正語(しょうご)嘘や悪口、無駄口を言わず、正しい言葉を使うこと。
      • 正業(しょうごう)殺生や盗みなど、間違った行いをしないこと。
      • 正命(しょうみょう)正しい仕事を持ち、規律ある生活を送ること。
      • 正精進(しょうしょうじん)正しい方向へ、たゆまず努力すること。
      • 正念(しょうねん)常に自分を客観的に見つめ、邪念を払うこと。
      • 正定(しょうじょう)心を落ち着かせ、集中した状態を保つこと

*6 : 菩薩:悟りを求めて修業する人

*7 : 罣礙(けいげ):「さまたげ・ひっかかり」、結果として心の迷い、物事への囚われ・執着がある状態をもたらす

*8 : 48、49、50行目の「羯諦 羯諦・・・菩提薩婆訶」が真言「マントラ」

仏教の教えから

仏教では、人間はさまざまなことへの「執着」により、思い通りにならない「苦」しみから逃れられないとされる。

この執着を断ち切り、苦しみを滅するための具体的な実践道筋が「四諦八正道したいはっしょうどう」。これが仏教の基本的な教えであり、その実践が仏教徒としての倫理。

また、この実践により、執着の根源そのものがすべて断ち切られたとき、その先には一切のものに固定的な実体がないという「空(悟り)」の境地に到達し、苦から解脱につながる。

さて、この「悟り」への道筋として、観音菩薩がひとの「五蘊ごうん」のすべてが「空」であるとその本質を見極めすべての苦厄から解放された、を導入部として始まるのが「般若波羅蜜多心経」

この「悟り」にまで至れば、それまで実践してきた「四諦」の概念すらも掴み取る必要がなく、すべての「囚われ」だけでなくすべての「教えの概念」すらも「空」となる(手放される)。
(孔子の「七十而従心所欲不踰矩(七十にして心の欲するところに従い矩を超えず)」に近いものを感じる)

また、「悟り」の境地に到達すれば、完全な「空」であるが故に、罣礙(迷い)は消滅。これによりあらゆる恐れ・妄想からの解脱し、仏の「阿耨多羅三藐三菩提」(最高の知恵)を得ることができるとされる。
(「苦」からの永遠の解脱)。

なお、仏教には有名な「筏(いかだ)の比喩」という教えがあり、これは

川を渡るために筏(教え=四諦や八正道など)を使うが、対岸(悟りの境地)に渡り着いたなら、もう筏を背負って歩く必要はない。筏は捨てなさい。

四諦や八正道は悟りに至るためには不可欠ではあるが、「悟りそのものに執着してしまっては本末転倒」であることを物語っている。

さて、「理性の限界」や「概念の超越」を突き詰める般若心経の最後の締めは、日々唱えるための真言(呪・マントラ)となっている。

真言:「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」。

意味を踏まえれば、これは真言としての「お守り」の機能に留まらず、迷いの世界から悟りの世界(波羅)へ向かう修行者への「応援歌(祝福の祈り)」にもなっている。
(前半からの理詰めの展開とは違い、締めではちょっと温かみを感じる👍)

タイトルとURLをコピーしました