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天皇の系譜(神武天皇から今上天皇まで)と各時代背景

その他

天皇の称号

古墳時代のヤマト政権における盟主である大王家(おおきみけ)の「大王」から、「天皇」という対外的な最高称号へ正式に切り替わったのは、7世紀後半の天武天皇またはその前後の時代する説が有力。

また、後の「古事記」(712年)の中においても「天皇」の文字や称号が初めて登場するのは、神武天皇よりもずっと後の時代、第10代・崇神(すじん)天皇の段からである。

つまり、神武”天皇”から天武”天皇”前(7世紀後半)に天皇の称号が用いられているのは、後史での解釈(遡っての使用)。

神武天皇から今上天皇までの系譜(全126代)とその時代

青字:男系継承であることが不明な天皇、赤字:女性天皇

  • 女性天皇: 性別が女性の天皇(過去に10代8人存在。全員が父方に天皇の血を持つ「男系」。
  • 女系天皇: 母方の血筋を通じて天皇の血を引く天皇(歴史上存在しないとされる)。

弥生時代(紀元前10世紀頃)

  1. 神武天皇(伝承上の即位:紀元前660年頃〜)
    :ヤマヒコ(山幸彦/ホオリノミコト:神)の孫とされるが神話上の存在のため、生物学的な血縁の連続性が証明不可能。
    ニニギノミコト(天孫降臨した神)の子がヤマヒコヤマヒコの子がウガヤフキアエズノミコト(鵜草葺不合命:神)であり神武天皇の父
    ちなみに、ウミヒコ(海幸彦/ホデリノミコト)はヤマヒコの兄
  2. 綏靖天皇(伝承上の即位:紀元前581年頃〜):以下、欠史八代(実在および系譜不明)
  3. 安寧天皇(伝承上の即位:紀元前549年頃〜): ↑
  4. 懿徳天皇(伝承上の即位:紀元前510年頃〜): ↑
  5. 孝昭天皇(伝承上の即位:紀元前475年頃〜): ↑
  6. 孝安天皇(伝承上の即位:紀元前392年頃〜): ↑
  7. 孝霊天皇(伝承上の即位:紀元前290年頃〜): ↑
  8. 孝元天皇(伝承上の即位:紀元前214年頃〜): ↑
  9. 開化天皇(伝承上の即位:紀元前157年頃〜): ↑

弥生時代末期(3世紀前半〜中頃)


邪馬台国 卑弥呼(在位:3世紀前半〜248年頃?)
:中国の歴史書『魏志倭人伝』に記される邪馬台国の女王。
100国ほどの国々が争う中で「卑弥呼が王(女王)になると国が平和になった」と記される。
鬼道(呪術・占い)で人々をまとめ、日本列島が古墳時代へと移り変わる直前の時期に倭国を統治した。

古墳時代

古墳時代(初期・3世紀中頃〜)

ヤマト政権: 奈良盆地(巻向遺跡など)を中心に、日本各地の首長層が結集する初期の政治的中心地が形成される。

  1. 崇神天皇(伝承上の即位:紀元前97年頃〜/考古学的推定:3世紀中頃〜後半頃)
    :歴史学上、実在が確実視される最初の天皇(王)候補とされることが多いが、それ以前の欠史八代との系譜的接続は不明。初期ヤマト政権の成立期や最初の大型前方後円墳の築造時期に重なる。
  2. 垂仁天皇(伝承上の即位:紀元前29年頃〜/ 考古学的推定:3世紀末〜4世紀前半頃)
  3. 景行天皇(伝承上の即位:71年頃〜/考古学的推定:4世紀前半頃)
  4. 成務天皇(伝承上の即位:131年頃〜/考古学的推定:4世紀中頃頃)
  5. 仲哀天皇(伝承上の即位:192年頃〜/考古学的推定:4世紀後半頃)

古墳時代(中期・4世紀末〜5世紀頃)

ヤマト政権: 河内平野(大阪平野南部)へ政治拠点が移動。瀬戸内や大陸との外交・流通を背景に巨大古墳(百舌鳥・古市古墳群)が築造される

  1. 応神天皇(伝承上の即位:270年頃〜 /考古学的推定:4世紀末〜5世紀初頭頃)
    :巨大な誉田御廟山古墳(応神天皇陵)などの造営と重なりヤマト政権の権力が大きく確立・拡大した時期の王
  2. 仁徳天皇(伝承上の即位:313年頃〜/考古学的推定:5世紀前半頃)
    :大山陵古墳(仁徳天皇陵)の造営時期と重なり、河内政権の全盛期を築いた王
  3. 履中天皇(伝承上の即位:400年頃〜/考古学的推定:5世紀前半〜中頃)
  4. 反正天皇(伝承上の即位:406年頃〜/考古学的推定:5世紀前半頃)
  5. 允恭天皇(伝承上の即位:412年頃〜/考古学的推定:5世紀中頃)
  6. 安康天皇(伝承上の即位:453年頃〜/考古学的推定:5世紀中頃)
  7. 雄略天皇(伝承上の即位:456年頃〜/考古学的推定:5世紀後半・下半)
    :稲荷山古墳鉄剣銘や江田船山古墳鉄刀銘の「ワカタケル大王」に比定される(結びつけられる)。
    国内統治と対外的な強権を示した王。

古墳時代(後期・5世紀末〜6世紀)

ヤマト政権: 拠点が再び奈良盆地(飛鳥地方など)に戻り、豪族間の勢力争いや大陸からの新しい政治・文化の受容が進む。

  1. 清寧天皇(伝承上の即位:480年頃〜/考古学的推定:5世紀末頃)
  2. 顕宗天皇(伝承上の即位:485年頃〜/考古学的推定:5世紀末頃)
  3. 仁賢天皇(伝承上の即位:488年頃〜/考古学的推定:5世紀末〜6世紀初頭頃)
  4. 武烈天皇(伝承上の即位:498年頃〜/考古学的推定:6世紀初頭頃)
  5. 継体天皇(507年頃〜)
    :先代までの系譜との血縁関係が記録上希薄であり、遠縁からの即位となるため、歴史学上「王朝交代説」などの議論の対象となる。
  1. 安閑天皇(531〜)
  2. 宣化天皇(536〜)
  3. 欽明天皇(539〜)
  4. 敏達天皇(572〜)
  5. 用明天皇(585〜)
    :大王家(のちの天皇家)と蘇我氏(蘇我馬子)が協力し、反対派の物部氏(物部守屋)を討伐(丁未の乱(ていびのらん)587年)。結果、蘇我氏の権力が拡大
  6. 崇峻天皇(587〜)

ヤマト政権下における大王家と豪族

大王家(王権:のちの天皇家):

  • 時期: 5世紀(中期〜後期)
  • ヤマト政権が形成され始めた頃(古墳時代の初期)、(淀川流域や)河内平野を基盤にしていた勢力であった大王家は、各地に割拠していた強力な豪族(首長層)たちのなかの「代表者」や「まとめ役(第一人者)」という立場であったが、ヤマト政権が奈良盆地(飛鳥地方など)に戻ったころから、全国的な連合政権として権力を集中化。5世紀末の継体天皇の即位(507年頃)などを経て、より安定した世襲的・中央集権的な王権確立へと脱皮していく。

主要豪族

物部氏(もののべし)

  • 6世紀前半頃(それ以前からの古い軍事官僚的基盤を強化)に台頭。ヤマト朝廷の軍事や警察権、刑罰といった実務を担う「伴造(とものみやつこ)」のなかで中核を占め、大和政権の武力面を支える強力な豪族として重きをなす有力な氏族

大伴氏(おおともし)・中臣氏(なかとみし):

  • 物部氏と同様に、軍事や神事(祭祀)などの特定の職務(伴造)を世襲して朝廷を支えた有力な氏族。

葛城氏(かづらぎし):

  • 古墳時代中期に非常に強い勢力を誇った豪族。大王家に娘を嫁がせることで政権内で大きな影響力を持ったが、5世紀末に衰退しました。

蘇我氏(そがし)

  • 葛城氏の衰退後、6世紀中頃(蘇我稲目(そがのいなめ)の時代)に台頭。財務や外交、渡来人とのパイプ役などを通じて急速に頭角を現し、従来の古い官職とは異なる「大臣(おおおみ)」という最高幹部のポストに就く。娘を次々と天皇の妃に送る婚姻政策を成功させたことで、大王家に深く食い込む

地方の有力豪族

中央の政治だけでなく、各地で独自の強大な基盤を持ちながらヤマト政権の連合体制に加わっていた豪族

吉備氏(きびし):現在の岡山県・広島県東部(吉備地方)が基盤

筑紫氏(つくしし):九州北部が基盤。6世紀前半に磐井の乱(いわいのらん)を起こし、ヤマト政権の支配に抵抗したことで知られる。

毛野氏(けのし・上毛野氏/下毛野氏):北関東(群馬県・栃木県周辺)が基盤。馬の飼育や鉄器生産などの先進技術を背景として大きな力を持った豪族。

飛鳥時代

  1. 推古天皇(592または593〜)
    :先代・崇峻の異母妹。蘇我馬子の姪(次代は欽明天皇の男系孫)
    聖徳太子(厩戸王)らを登用して冠位十二階や十七条憲法を制定し、仏教の推進を行うとともに本格的な国家体制の整備を進めた、飛鳥時代の幕開けを象徴する天皇。
    小野妹子(おののいもこ)らを遣隋使として隋へ派遣。遣隋使の目的は、中国の進んだ制度や仏教・儒教の文化を学び、対等な外交関係を結ぶこと。「日出処(ひいづるところ)の天子、書を日没処の天子に致す……」という国書が有名。
  2. 舒明天皇(629〜)
    :留学生や僧侶らを中国へ派遣する遣唐使を開始。
    630年(第1次)から始まり894年(第20次:中止)まで継続。阿倍仲麻呂、吉備真備(第9次)、空海、最澄(第16次)が有名。唐の先進的な法律(律令制)、仏教、文化、技術を大量に吸収し、日本の国家体制づくり(大宝律令の制定(702年)など)に役立てる事が目的。
  3. 皇極天皇(642〜)
    :先代・舒明の妻。茅渟王(敏達天皇の孫)の娘。(次代は欽明天皇の男系)
    在位期間に中大兄皇子(のちの天智天皇)や中臣鎌足らが中心となり645年に権力が強大となった蘇我入鹿を暗殺・排除が発生し(乙巳の変)、退位
  4. 孝徳天皇(645年 – 654年)
  5. 斉明天皇(655〜):皇極天皇の重祚(退位後の再即位)(次代は舒明の男系)
    :白村江の戦い(663年)。660年に唐と新羅の連合軍によって滅ぼされた百済の再興をねらい、倭国(日本)・百済(くだら)の連合軍と、唐(中国)・新羅(しらぎ)の連合軍の間で起きた古代の国際戦争(朝鮮半島の白村江(現在の韓国・錦江の河口付近)において衝突)。中大兄皇子らの指揮のもと、日本は数万人にのぼる兵士や軍船を朝鮮半島へ送り込むものの日本側の大敗に終わり、古代の日本外交と国家体制に決定的な転換点をもたらす。
  6. 天智天皇(668〜)
    :中大兄皇子。中臣鎌足らとともに大化の改新を推進し律令国家体制を構築(天皇を中心とした、法律(律令)に基づく中央集権的な国家体制)
  7. 弘文天皇(672〜)
    :大友皇子、天智天皇の子。壬申の乱にて敗北。
  8. 天武天皇(673〜)
    :大海人皇子、天智天皇の弟。壬申の乱にて勝利。「古事記」「日本書紀」の編纂を命じた天皇
    歴史上、「天皇」という称号や「日本」という国号、そして独自の元号(白鳳など)が本格的に用いられ始めたのは、天武天皇の治世からであると考えられている。それまでの「大王(おおきみ)」から脱却し、中国の皇帝に匹敵する絶対的な君主としての権威を確立。また、豪族を統制するための「八色の姓(やくさのかばね)」を制定し、身分秩序を再編成。
    飛鳥の浄御原宮(きよみはらのみや)を都とし、本格的な法律や制度の整備(浄御原令の制定に向けた動きなど)を推進し、これがのちの大宝律令へとつながる。
  9. 持統天皇(690〜)
    :先代・天武の妻。天智天皇の娘。(次代は天武の男系)
  10. 文武天皇(697〜)
    :大宝律令の制定(702)。刑部親王(おさかべしんのう)や藤原不比等(ふじわらのふひと)らが中心となり編纂。日本が法律に基づいた中央集権国家(律令国家)として本格的に動き始める
  11. 元明天皇(707〜)
    :先代・文武の母。天智天皇の娘。(次代へ男系継承)
    「古事記」の完成(712)

奈良時代

元明天皇が「平城京」へ遷都

  1. 元正天皇(715〜)
    :先代・元明の娘。草壁皇子(天武天皇と持統天皇の皇子)の娘。(次代は文武の男系)
    「日本書紀」の完成(720)
  2. 聖武天皇(724〜)
  3. 孝謙天皇(749〜):先代・聖武の娘。(次代は天武の男系)
  4. 淳仁天皇(758〜)
  5. 称徳天皇(764〜):孝謙天皇の重祚。(次代は天武の男系に遡る)
  6. 光仁天皇(770〜)
  7. 桓武天皇(781〜)

平安時代

桓武天皇が「平安京」へ遷都

  1. 平城天皇(806〜)
  2. 嵯峨天皇(809〜)
  3. 淳和天皇(823〜)
  4. 仁明天皇(833〜)
  5. 文徳天皇(850〜)
  6. 清和天皇(858〜)
  7. 陽成天皇(876〜)
  8. 光孝天皇(884〜)
  9. 宇多天皇(887〜)
    :第20次遣唐使が菅原道真の建議によって計画停止・廃止
  10. 醍醐天皇(897〜)
  11. 朱雀天皇(930〜)
  12. 村上天皇(946〜)
  13. 冷泉天皇(967〜)
  14. 円融天皇(969〜)
  15. 花山天皇(984〜)
  16. 一条天皇(986〜)
  17. 三条天皇(1011〜)
  18. 後一条天皇(1016〜)
  19. 後朱雀天皇(1036〜)
  20. 後冷泉天皇(1045〜)
  21. 後三条天皇(1068〜)
  22. 白河天皇(1073〜)
  23. 堀河天皇(1087〜)
  24. 鳥羽天皇(1107〜)
  25. 崇徳天皇(1123〜)
  26. 近衛天皇(1142〜)
  27. 後白河天皇(1155〜)
  28. 二条天皇(1158〜)
  29. 六条天皇(1165〜)
  30. 高倉天皇(1168〜)
  31. 安徳天皇(1180〜)
  32. 後鳥羽天皇(1183〜)

鎌倉時代

鎌倉幕府:後鳥羽天皇が源頼朝を征夷大将軍に任命。源頼朝が「鎌倉幕府」を開く

  1. 土御門天皇(1198〜)
  2. 順徳天皇(1210〜)
  3. 仲恭天皇(1221〜)
  4. 後堀河天皇(1221〜)
  5. 四条天皇(1232〜)
  6. 後嵯峨天皇(1242〜)
  7. 後深草天皇(1246〜)
  8. 亀山天皇(1259〜)
  9. 後宇多天皇(1274〜)
  10. 伏見天皇(1287〜)
  11. 後伏見天皇(1298〜)
  12. 後二条天皇(1301〜)
  13. 花園天皇(1308〜)
  14. 後醍醐天皇(1318〜)
    :鎌倉幕府を倒幕した天皇。その後の南朝の初代天皇

南北朝時代

後醍醐天皇の「建武の新政」の失政から(足利尊氏が反旗を翻し)北朝南朝に分かれる

北朝(持明院統)南朝(大覚寺統)
(京都)
皇統を維持していたが、三種の神器を持たない
(吉野:奈良)
皇統を維持し、三種の神器を保持しているため、「正統な天皇」としての形式的条件を満たす
97.光厳天皇(1331〜):北朝の初代天皇
足利尊氏により天皇として擁立される。その後足利尊氏は室町幕府開設
97.後村上天皇(1339〜)
98.光明天皇(1336〜)
(飛ばし) 崇光天皇(1348〜)
(飛ばし) 後光厳天皇(1352〜)98.長慶天皇(1368〜)
(飛ばし) 後円融天皇(1371〜)99.後亀山天皇(1383〜)
  • 現在の皇室の血筋は北朝系の天皇から継承されているため、明治政府が採用したのは、
    「心情的・史的には南朝を正統とするが、北朝の系譜も正当なものとして認める」とする説
    (南朝が97-99代の3代-3人の天皇に対して、北朝が97-99代天皇に5人の天皇が存在する背景)
    • 「皇統の連続性を維持するためには北朝の系譜が必要不可欠だが、思想的な整合性を求めると南朝を正統にしなければならない」という二律背反に対する明治政府の苦肉の策。
  • 南北朝合一以降、皇位(天皇の座)は北朝(持明院統)の系統からのみ継承されるようになり「天皇の座を継ぐ系統としての南朝(大覚寺統)」は、実質的に途絶えたとされる。

室町時代

南北朝時代終了(後亀山天皇が後小松天皇へ譲位)

  1. 後小松天皇(1382〜)
  2. 称光天皇(1412〜)
  3. 後花園天皇(1428年〜)
  4. 後土御門天皇(1464〜)
  5. 後柏原天皇(1500〜)
  6. 後奈良天皇(1526〜)

安土桃山時代

  1. 正親町天皇(1557〜)
  2. 後陽成天皇(1586〜)

江戸時代

  1. 後水尾天皇(1611〜)
  2. 明正天皇(1629〜)
    :先代・後水尾の娘。(次代は父・後水尾の男系)
  3. 後光明天皇(1643〜)
  4. 後西天皇(1654〜)
  5. 霊元天皇(1663〜)
  6. 東山天皇(1687〜)
  7. 中御門天皇(1709〜)
  8. 桜町天皇(1735〜)
  9. 桃園天皇(1747〜)
  10. 後桜町天皇(1762〜)
    :先代・後桃園の叔母。桜町天皇の娘。(次代は父・桃園の男系)
  11. 後桃園天皇(1770〜)
  12. 光格天皇(1779〜)
  13. 仁孝天皇(1817〜)
  14. 孝明天皇(1846〜)
  15. 明治天皇(1867〜)

明治時代

明治天皇即位直後に大政奉還。大日本帝国憲法下の「天皇主権」国家への体制転換(明治維新)

  1. 大正天皇(1912〜)
  2. 昭和天皇(1926〜)

昭和時代以降

第二次世界大戦敗戦後、日本国憲法の施行に伴い「天皇主権」から日本国憲法下の「国民主権」へ(戦後改革)

  1. 明仁(1989〜)
  2. 徳仁(2019〜)

「万世一系」と歴史的事実のギャップ

ちなみに、天皇の系譜(皇統)を示す「万世一系」は史実に基づくというより物語としてとらえる方が腑に落ちる。

これは、概略

  • 神話と歴史学の乖離(欠史八代・継体天皇・邪馬台国)
  • 政治的要請による「万世一系」の神話化(古事記・日本書紀、南北朝、明治維新)

により、様々な解釈が生じることからである。詳細はこちら

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